
ブルース・リーの弟子であるT・K氏を取材に行ったシアトルでもう一人、華僑の中国武術家に会いました。仮にR氏としましょう。R氏はT・K氏の紹介ということもあって、一見さんの私達をにこやかに迎えてくれました。
R氏の道場は、ビルの2階。1階は武道具屋さんでした。
ところが、階段の入り口からして、雰囲気が違います。朱塗りの柱。なんだ?と思いながら階段を上ると、そこは完全に「中国」でした。それも、古い中国の写真や、ブルース・リーの映画で出てくるような、南の方の武館そのまま。壁には中華風の装飾、大小さまざまなサンドバッグが吊され、壁にはいろいろな武器がかけられています。「ここは本当にシアトルなのか!?」と思いました。
後で聞いた話では、華僑の人達は共産主義革命前の中国を出て世界に広がったために、古い中国の伝統を大切にしているのだそうです。
R氏の取材は困難を極めました。なにしろ、華僑のR氏はあまり英語が達者でないうえに、南方中国語のなまりがある。それでも必死に通訳して、取材は進みました。道場生も集まり始めました。
すると、同行していた取材班の一人が、「ちょっと体験入門してみたいな。通訳してよ」と言い出しました。彼は空手や中国武術の経験者でした。道場生達が稽古を始めたのを見て、血が騒いだのでしょう。
ところが、「体験入門」のニュアンスが、うまくR氏に伝わりません。
「体験入門をしたいのですが」
「?」
「えーと、エクスペリエンスのために、一緒に練習したいのです」
「? 入門したいのか?」
どうも話が噛み合いません。
すると、四苦八苦して私が通訳をしているうちに、R氏の顔色がみるみる変わり、眉が吊り上がってきました。驚く私にR氏は、
「スパーか? スパーリングがしたいのかっ!!」
と言いました。私は慌てて、「違います、練習がしたいだけで……」と、しどろもどろになりました。するとR氏は、
「練習したい? そうか、いいだろう。だが、必ずスパーはやってもらうことになるぞ!!」
と、こちらをにらみつけたまま。とりつく島もありません。「挑戦ならいつでも受けるぞ!!」とその目が言っています。これには参りました。
考えてみると、体験入門は日本の習慣。チャイナタウンの武館にそういう制度があるのかどうか、わかりません。おそらく、黙って見学しているか、さもなくば正式に入門するのが礼儀だったのでしょう。
それなのに、一見さんの日本人が「練習させろ」と言っている。
「我々の稽古内容も知らない外国人が練習させろと言っている」
→「我々をなめているのか? 我々の武術をそんな簡単なものだと思っているのか?」
→「これは我々への挑戦だ!」
R氏の中では、そういうことになってしまったらしいのです。
時間はもう夜でした。初めて訪れたシアトル、夜のチャイナタウン、密室と言っていい道場の中で、先生を怒らせてしまった……。気がつくと、すでに道場生がだいぶ集まってきていました。
道場生の人数>>>>>>私達の人数……。
やばい!!!!!!!
身の危険を感じた私は、必死に弁解をして(もはや通訳ではありませんね)、最終的にはわかってもらうことができました。
しかし、通訳をして「身の危険」を感じたのは、後にも先にもこのときだけでした、ホントに(汗)。
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